主題;「俚諺・故事録」

 

 先日、友人と一晩一杯やりました。その時、友人は俚諺・故事の多くを披露し、その解説をしてくれました。聞けばここ3年来、この勉強をされているとのことでした。
 その際、小生の聞き知っていた俚諺・故事についての記憶のあやふやさに驚きました。本来の意味、故事来歴を正確に覚えていないのです。そこで今回は、その時、語ってくれたものの中から記してみます。

「屋下に屋を架す」の仕業で恐縮ですが、お付合いください。

1.莫逆(ばくぎゃく)の交(まじわり) ≪莫逆之交≫

 意気投合して、心に逆らうことのない交わりをいう。
荘子に「四人相視て笑い、心に逆うこと莫く、遂に相ともに友と為る」

類似;爾汝(じじょ)の交。

2.刎頸(ふんけい)の交

 生死をともにし、頸(くび)をはねられても悔いないほどの交わりをいう。
十八史略に「今、両虎共に闘えば、その勢ともに生きず、わが、これを為す所以のものは、国家の急を先にして、而して私難を後にするなりと。頗これを聞き、肉袒して荊を負い、門に至って罪を謝し、ついに刎頸の交を為せり」

註;肉袒して荊を負い=肌脱ぎになって、イバラを背負う。
  (=思うがままに処罰してほしいと謝罪するさま) 

3.積羽(せきう)舟を沈む

 軽い羽でもたくさん積み重ねれば、ついには舟を沈めるようになる。
戦国策に「張儀、王に説きて曰く、天下の遊士、日夜腕を扼し、目をいからし、切歯して以て従の便を言い、以て人主に説かざるはなし。人主その辞を覧てその説にひかる、悪んぞ眩せらるるなきことを得んや。臣聞く、積羽舟を沈め、郡軽(ぐんけい)軸を折り、衆口(しゅうこう)金を鑠かし、積毀(せっき)骨を銷(け)すと。故に願わくは大王のこれを熟計せんことをと」

類似;郡軽軸を折る。
   叢軽(そうけい)軸を折る。
参考;衆口金を鑠す
   積毀骨を銷す =悪口も積み重なればかたい骨をも溶かす。
   世間のうわさの恐ろしいことのたとえ。

4.狡兎(こうと)死して走狗烹(に)られる 
  ≪狡兎死走狗烹≫

 すばしこい兎が死ねば、猟犬は不用になって煮て食われる。転じて、敵国が亡べば、功のあった重臣は不用になって邪魔になり謀殺される。
史記に「范蠡(はんれい)、大夫種に書を遣(おく)りて曰く、蜚鳥尽きて良弓蔵められ、狡兎死して走狗烹らる、越王人となり、長頸烏喙(ちょうけいうかい)、ともに患難を共にすべく、ともに楽を共にすべからず、子何ぞ去ざると」
蜚は飛に同じ。事あれば用いられ、事なければ罪せらるるをいう。

「飛鳥尽きて良弓蔵(おさめら)る」≪飛鳥尽良弓蔵≫ も同様に意。

参考;長頸烏喙=首が長く口がとがっているさま。中国、越王勾践の人相とされ、苦労        は共にできても、安楽は共にできない相という。

5.一樹の陰一河の流れも他生の縁

 一本の樹の陰に宿り、同じ河の水を飲むのも、浅からぬ因縁があればこそである。
説法明眼論に「或る一村にいたり、一樹下に宿し、一河の流れを汲む、一夜同宿、一日夫妻、皆これ先世の結縁なり」

類似;「袖振り合うも他生の縁」も同じ意。「袖すり合うも他生の縁」と言うのもある。
   躓く石に縁の端

6.善積(ぜんせき)の家には必ず余慶(よけい)あり
  ≪積善家必有余慶

 善行を積み重ねた家には、必ず思いがけないよいことが起り幸福になる。
「善積の余慶」とも云う。

反対語;積悪の家には必ず余殃(よおう)あり ≪積不善家必有余殃

7.寸善尺魔(すんぜんしゃくま)

 少しでもよい事があると、次にはもっと大きな悪いことが起る。とかくよい事には邪魔がはいりやすいものであるの意。

類似;好事魔多し
   月に叢雨花に嵐

8.出る息入る息を待たず

 人の生命の頼みがたく、はかないことを言う。

9.轍鮒(てっぷ)の急 ≪轍鮒之急≫

 車の轍(わだち)の水たまりにあえぐ魚のように差し迫った困窮のさまを言う。
 荘子に「荘周家貧し、故に往いて粟を監河侯に貸る、監河侯曰く、諾、我将に邑金を得んとす、将に子に三百金を貸さんとす、可ならんかと、荘周忿然色を作(な)して曰く、周来るとき、中道にして呼ぶ者あり、周顧視すれば、車轍の中に鮒魚あり、周これを聞いて曰く、鮒魚来れ、子何する者ぞと、対えて曰く、我は東海の波臣なり、君あに斗升の水を以て而して我を活かさんかなと。周曰く、諾、我まさに南、呉越の王に遊び、西江の水を激して而して子を迎えん、可ならんかと。鮒魚忿然色を作して曰く、吾れ我が常与を失う(常に相与するもの、水をいう)我れ処する所なし、吾れ斗升の水を得て然して活きんのみ、君乃ちこれをいう、すなわち早く我を枯魚の肆(みせ)に索(もと)めんに如かずと」

参考類似;牛蹄の魚
     後の百より今の五十
     涸轍の鮒
付:
 荘子が貧しくって食料に困り、監河侯のところに行って食料を借りたいと申し入れた。すると、監河侯は、そのうち領地から租税が入るので、そうしたら三百金ほど貸そうと言った。荘子はこれを聞くとむっとして次のように答えた。「昨日ここへ来る途中、わたしを呼び止めるものがあったので、あたりを見まわすと車輪の跡の水たまりにフナがいた。わたしが、どうしたのかと聞くと、『わたしは東海の小臣です。どうか少しばかりの水で結構ですから持ってきて助けてください』と言う。そこでわたしが『よろしいとも、わたしはこれかあら南方の呉越の王のところへ行くのだが、蜀江(しょくこう)の川水を押し流しておまえを迎えてやろう』と言ったところ、フナはむっとした顔つきで『わたしは、なくてはならない水を今失っているので身を置くところがないのです。わたしはただ一斗か一升ほどの水が得られれば生きられるのです。それをあなたがそのように言われるのなら、いっそさっさと乾物屋の店先にでも行ってわたしを見つけたらよろしかろう。

10.一将功成りて万骨枯る

 ひとりの将軍が功名をたてた陰には、多くの兵が命を捨てて働いた結果がある。
多くの犠牲者は、無名のまま埋もれて、一人の将軍だけが有名になる世の常を風刺した意味にもとれる。

唐の曹松の詩に
 沢国の江山戦図に入る
 生民何の計ありて樵蘇を楽しまん
 君に憑む語ることなかれ封侯の事
 一将功成りて万骨枯る
註;沢国=水沢の多い国、戦図=戦場、樵蘇=木こりと草刈り、封侯=諸侯に封ぜら     れること。

11.先憂後楽

 天下を治めるものは、世の憂に先だってこれを憂い、世の楽しみは後れて楽しむべきであるの意。
 范文正公神道碑に「公少なくして大節有り、その富貴貧賤、毀誉観戚に於ける、一もその心を動かさず、慨然として天下に志あり、嘗て自ら誦して曰く、士は当に天下の憂に先だちて憂え、天下の楽に後れて楽しむべきものなりと」

12.雌鶏(ひんけい)晨(あした)す=牝鶏の晨

 妻が夫の権を奪うことを言う。
書経に「武王曰く、古人に言ありて曰く、牝鶏は晨するなし、牝鶏の晨するはこれ家の索るなり、今尚王受け、これ婦言是を用う」
 牝鶏が晨を告げるのは、陰陽が逆で、家道の衰え尽きるという意。

13.嚢中(のうちゅう)の錐(きり)

 錐が袋の中に入っているように、英才が凡庸人の中に混じっていても、すぐ頭角を表すことを言う。
 史記に「平原君曰く、それ賢士の世に處するや、譬えば錐の嚢中に処るが若し、その末、たちどころに見(あら)わる。今先生勝の門下に処る、ここに三年なり、勝未だ聞いたことろあらず、これ先生有する所なきなりと、毛遂曰く、臣乃ち今日嚢中に処らんことを請うのみ、遂をして蚤(はや)く嚢中の処(お)るを得しめば、乃ち穎脱(えいだつ)して出でん、特にその末の見わるるのみにあらずと」
註;勝は平原君の名。

参考類似;錐の嚢中に処るが如し
     穎脱(才能が群を抜いてすぐれていること。)

14.年寒うして松柏の凋(しぼ)むに後るるを知る

 「後凋(ごちょう)の節」とも云う。
 節操がかたく、患難にあっても屈しないこと。松柏が万木枯れてもなお青々しているのにたとえたもの。
 論語に「歳寒くして然るのち松柏の凋むに後るるを知る」、荀子に「歳寒かざれば以て松柏知ることなし、事難からざれば、以て君子を知ることなし」

参考類似;歳寒の松柏
 勁松(けいしょう)は歳の寒きに彰(あらわ)る
 =寒くなって始めて松の強さがわかる。
 十訓抄に「勁松は歳の寒きに彰われ、貞臣は国の危に見わる」。
 貞観政要に「疾風勁草を知り、板蕩誠臣を識る」
 国乱れて忠臣あらわれる。

15.白頭新の如く傾蓋(けいがい)故(こ)の如し

 幼時から白髪頭になるまで交際しても、気の合わないものは新しい知り合いと同様だが、意気投合すれば、道ですれ違って話をした程度でも、旧友のように親密になるもの。

類似;傾蓋
 道ではじめて逢った同士が、車のかさを傾け、車を寄せ合ってしばらく話をし ただけで、旧知の如く親しくなること。長くつき合っても、心から親しくならないものもある、ということの逆。
 家語に「孔子郤(タン)に之く、程子に途に逢い、蓋を傾けて語る、終日甚だ相親しむ」

16.蒼海変じて桑田となる

 青海原が変じて桑田となるということで、世の中の変転の激しいことをいう。
書言故事に「山河の改転桑田と曰う」神仙伝に「麻姑王、方平に謂って曰く、接待より以来、東海の三たび変じて桑田となるを見る、向(さき)に蓬莱に到る、水乃ち往者より浅きこと略(ほぼ)半ばなり、あにまた陵陸とならんか。方平乃ち曰く、東海行くゆくまた塵を揚げんのみと」

類似;蒼桑の変。
   桑田碧海。
   桑田変じてと蒼海なる。
   桑田碧海須臾にして改まる。 ( 須臾=たちまちに、ごく短い時間)

17.乗りかかった船

 事をはじめて、もう中止できないこと。

類似;渡りかけた橋。乗り出したる舟。塗りかけた壁。騎虎の勢い。

18.人間万事塞翁(さいおう)が馬

 人間の禍福の定まりないことで、禍が福となり、福が過になるものであるというたとえ。
 淮南子(えなんじ)に「塞上に近き人、術を善くする者あり、馬故なくして亡(に)げて胡に入る、人皆これを弔す、その父曰く、これ何ぞ遽(にわ)かに福とならざるを知らんやと、居ること数月、その馬胡の駿馬を将(ひき)いて帰る、人皆これを賀す、その父曰く、これ何ぞ乃(すな)ちにわかに過とならざるを知らんやと、家良馬に富む、その子騎を好み、堕(お)ちてその骨を折く、人皆これを弔す、その父曰く、これ何ぞ乃ち福とならざるを知らんやと、居ること一年、胡人大いに塞に入る、丁壮者は、弦(げん)を引いて戦う、塞に近きの人死する者十に九、これ独り跛(は)たるの故を以て、父子相保つ。故に福の過となる、化、極むべからず、深、測るべからざるなり」
 註;化、極むべからず=変化の妙はきわめ知ることができない。
   深、測るべからざるなり=道理の深さを測り知ることができない。

類似;塞翁が馬。禍福は糾える縄の如し

19.株を守りて兎を待つ

 昔からのやり方や旧習をいつまでも守って融通のきかないことをいう。
韓非子に「宋人耕す者あり、田の中に株あり、兎走りてこれに触れ、頸を折りて死す。因って耕をすてて株を守る。また兎を得んと覬う。宋国の笑いとなる。今、先王の政を以て統制の民の治めんと欲するは、皆株を守る類なり」

類似;株を守愚夫。守株

20.紺屋(こうや)の白袴

 人のことばかりしていて、自分を顧みないで平然としていること。

類似;医者の不養生。坊主の不信心

参考;「紺屋のあさって」:
   江戸時代の『傾城色三味線』の「江戸の巻」に「こなたの後ほどと、紺屋のあさっ  てとは・・・・受け付けないと頭を振って申す」とあり、宛にならない約束のこと。

21.顰(ひそ)みに倣(な)う

 事の良し悪しを考えず、いたずらに人真似をして失敗することのたとえ。また、人にならって事をするのを謙遜して言うときのことば。
 荘子に「西施、心を病みて其の里に顰す、其の里の醜人見て之を美とし、帰りて亦心を捧じて其の里に顰す、其の里の富人は之を見て堅く門を閉ざして出でず、貧人は之を見て妻子を挈げて之を去りて走れり」
註;捧じて=(胸に)手を当てて
挈げて=手を引いて

類似;西施顰(せいしのひそみ)

22.棺を蓋(おお)いて事定まる

 棺のふたをした後に、その人の生前における善悪や真価が決定する。
また、生きている限り人間には物事を成し遂げる可能性がある。
書言故事に「晋の劉毅いう、丈夫は棺を蓋いて事定まる」、その註に「丈夫は一切の人を指す。人の世に在る、一日なれば、即ち一日の事あり、死後棺を蓋えば、事為すこと能わず。その事定まる」

参考;棺を闔じて而(しか)る後止む=死ぬまで休まない。

23.朝酒は門田を売っても飲め

 朝酒のうまさを礼賛した言葉で、どんな工面をしても飲む価値のあるの意。
「門田」は、屋敷の入口にある田で、その家の最も良い田のこと。

類似;朝酒は女房を質に置いても飲め。
   朝酒後を引く。

 それにしても驚いています。ここの殆どを知りませんでしたし、言葉は聞いたことがあっても正確な意味も把握していませんでした。「知らざるを知らずと為せ、是れ知るなり」と言うそうですが、「知るなり」と思い込んでいたことに呆れています。
蛇足;
ところでこんな字、書けますか?
1.ちみもうりょう:いろいろな妖怪変化。種々の化け物。
2.かいしゃ: 広く知れわたること。
  

参考図書

故事ことわざ辞典 守随 憲治監修 新文学書房
出展のわかる故事成語成句辞典   遠藤 哲夫著 明治書院



ちみもうりょう

魑魅魍魎

「魑魅」:山林の気から生ずる化け物。

「魍魎」:山川の木石の精霊。

かいしゃ

膾炙

「膾」:なます。細く切った生の肉。

「炙」:あぶり肉。

“なます”と“あぶり肉”は、共に人びとによく賞味されるところから。