主題;「銘」について
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小生の茶杓造りは、杓とそれを納める筒を作ってから「銘」を決め、それを筒に書いて完成としています。そして、この銘を付けるのに何時も苦労をしています。しかし、昨年(平成17年)の大河ドラマ「義経」から着想を得て(着想などと大袈裟な言葉を使って恐縮です)、「義経、弁慶」に纏わるものを造ってみようと思い付きました。幸いなことに「銘」が先に決まりそうなのです。 「義経、弁慶」となれば、先ずは出会いの「五条橋」、そして歌舞伎十八番の「勧進帳」となり、この二つはすぐに思い付きましたが、二つでは収まりが悪く、三つ、つまり三部作にしたいと思うのですが、三つ目が思いつきません。 そうこうするうちに、落語に「義経、弁慶」の名前が出てくるものがあることを思い出しました。「青菜」です。 その「あらすじ」は、・・・ |
さるお屋敷で仕事中の植木屋、一休みしていると主人から「酒は好きか」と聞かれる。酒なら浴びる方の口なのでご馳走になる。上方の「柳影」という銘酒だが、実は「なおし」という安酒の加工品。何も知らない植木屋、暑気払いの冷や酒ですっかりいい心持ちになった上、鯉の洗いまでご馳走になり大喜び。「時にお前さん、菜をおあがりかい?」「へい、大好物で」。ところが、次の間から奥方が「旦那さま、鞍馬山から牛若丸が出まして、その名を九郎判官」と妙な返事。旦那も旦那で「では義経にしておけ」。菜は食べてしまってないから「菜は食らう=九郎」「それならよしとけ=義経」という洒落。菜がないという断りを隠すための言葉だが、植木屋、その風流にすっかり感心してしまう。 家に帰ると女房に「やい、これこれこういうわけだが、てめえなんざ、亭主の面(つら)さえ見りや、イワシイワシってやがって。さすがはお屋敷の奥さまだ。同じ女ながら、こんな行儀のいいことはてめえにや言えめえ」「言ってやるから鯉の洗いを買ってみな」。もめているところへ大工の熊。 こいつあいい実験台とばかり女房を無理やり次の間ならぬ押し入れに押し込み、熊を相手に「たいそうご精がでるねえ」から始まって、主人との会話をそっくり繰り返そうとする。「青い物を通してくる風がひときわ心持ちがいいな」「青い物って、向こうにゴミためがあるだけじやねえか」「あのゴミためを通してくる風が」「変なものが好きだな、てめえは」「大阪の友人から届いた柳影だ。まあおあがり」「ただの酒じやねえか」「さほど冷えてはおらんが」「燗がしてあるじやねえか」「鯉の洗いをおあがり」「イワシの塩焼きじやねえか」「時に植木屋さん、菜をおあがりかな」「植木屋は、てめえだ」「菜はお好きかな」「大嫌えだよ」。ただ酒を飲んでイワシまで食って、今さら嫌いはひどい。ここが肝心だから頼むから食うと言ってくれ、と植木屋に泣きつかれて熊さん「しようがねえ、食うよ」。「おーい、奥や」と待ってましたとばかり手をたたくと、押し入れから女房が転け出て、「旦那さま、鞍馬山から牛若丸が出まして、その名を九郎判官義経」と先を言ってしまう。亭主は困り「うーん、では弁慶にしておけ」。 |
これは、五代目柳家小さんの口述を元にしていますが、如何でしょうか。 これで、「義経、弁慶」を主題にした三部作の「銘」が決まりました。 1.「五条橋」 2.「勧進帳」 3.「青菜」 です。 いささか「判じ物風」ですが、「まあ良いか」と思っていたところでしたが、寒さにかまけてぼやぼやしている時、銘に選んだ「勧進帳」についての吉田健一の随筆を読みました。 そこで「勧進帳」の少々を書いてみます。 |
「勧進帳(かんじんちょう)」 能「安宅(あたか)」を題材にした一幕の時代劇。三世並木五瓶作詞、四世杵屋六三郎作曲で天保十一(1840)年三月、江戸・河原崎座で七代目市川団十郎らによって初演される。自ら歌舞伎十八番の一とした自信作であったが当時は不評だった。しかし、明治五(1872)年九代目団十郎が改訂を加え、高弟七代目松本幸四郎等もたびたび上演するに及び「またかの関」と異名をとるほどの人気となった、と解説書にあります。 ご存知でしょうが、その筋書きは次のようなものです。 兄頼朝と不仲になった源義経は、弁慶以下五人を共に、京をのがれて奥州をめざす。家来は山伏、義経は強力(ごうりき)に変装して加賀国安宅関に来かかるが、通さないと云われ、覚悟を決め最後の祈りをする。関守(せきもり)の富樫に、諸国を勧進する山伏なら勧進帳を読めと迫られ、弁慶は持ち合わせた巻物を勧進帳に見せかけて読み上げる。さらに山伏の心構え、扮装などについて詰問され、なんとか言い抜けて、ようやく通過を許される。しかし、最後に歩く強力が義経に似ていると、またも止められる。弁慶はとっさに強力の優柔さを罵(ののし)って金剛杖で打擲(ちょうちゃく)する。富樫は弁慶の苦衷(くちゅう)を察し、全てを知りつつ一行を通す。 関所を遙かに過ぎ、弁慶が義経に最前の非礼を詫び、義経がその機転に感謝していると、富樫が布施物を持って迫ってくる。弁慶は振舞い酒を飲み干し、延年の舞を舞って、その間に五人を出発させ、自らは後から急ぎ一行を追うのである。 |
この話の舞台は、十二世紀です。この時代の酒がどんなものであったかははっきり判りませんが、清酒ができたのは江戸時代になってからと言われていますので、この振舞い酒は、清酒ではなく濁り酒に違いないと思われます。しかし、弁慶の飲み方を見ていると、あれは濁り酒の飲み方ではない、と吉田健一はいうのです。清酒と濁り酒の飲み方にどんな違いがあるのかを書いていませんので、これ以上の話はできないのですが、面白いところに気が付くものだと感心します。そして、この演目を見る機会があれば、確かめたいと思っています。 今回「銘」にと思った二つ「青菜」と「勧進帳」は、お酒が主題でないのですが、お酒が話の大きな部分を占めています。すると「五条橋」はどうだろう、お酒は関係ないだろうと考えました。しかし、勝手に想像すれば、弁慶が義経に負けて、その家来になったとき、主従固めの杯をしたはずです。とすればここでもお酒です。と言う風になれば、この三つの「銘」は、茶杓にではなく、お酒の銘にこそ相応しいのではないかということになります。 そして、「逆も真なり」と言います。お酒の銘を参考にさせていただき、茶杓の銘を考えさせていただく、良いとことに気づきました。これからは銘に苦労することは、少なくなりそうです。 今回「銘」の決まった三部作は、現在仕込み中です。春には完成させたいと思っているところです。 |
話は変ります。近頃お酒を、美味しいと思うようになってきました。以前は口に入れたときのモッタリとした感じや、麹のニオイが鼻について、「どうも」と思っていたのですが、肉よりは魚と言ったような変化に伴って、お酒も結構いけるネ、というようになってきました。 寒い夜の鍋物のときには、お燗をしたお酒がぴったりですね。貴兄は、如何でしょうか。 |
今回も締まりのない話となってしましました。ここらで失礼を! |
参考図書
落語手帳 梗概・成立・鑑賞・藝談・能書事典 | 矢野 誠一 | 講談社α文庫 |
歌舞伎入門 鑑賞へのいざない | 監修・織田 絋二 | 淡交社 |