はじめに
本書は、平成十八年より同十九年までの二年間にわたって、月刊茶道誌『淡交』に連載させていただいた「近代の茶杓」二十四回分の原稿をまとめ、さらに加筆・改訂をしたものです。
僭越ながら、筆者である私としましては、高原杓庵の名著『茶杓三百選』に掲載された室町中期から江戸晩期に至る名杓研究のあとを引き継いで、幕末から昭和までの数寄茶人・文化人・芸術家による名杓を蒐めた一冊になればとの強い思いが当初より根底にあったといえます。
杓庵の情熱におよばずとも、常に「三百選」を念頭において、数多くの近代の方々の茶杓を拝見した中から、ここで扱わせていただいた茶杓は、おもに自作であることを条件とし、仮に下削り(作者に代わって職人が茶杓を造ること)がいたとしても、作者自身の手が加えられていたり、作者の指導を色濃く反映しているものを出来るかぎり選びました。
言い換えれば、詳細に見ることにより、その茶杓に作者の人となりや人生が垣間見える茶杓を選ばせていただいたといえます。また、そのような内容を兼ね備えていなければ、名杓とはなり得ないと私は考えています。
つまり、本来、茶杓の見所というのは、その杓から語りかけられ、伝わってくる、作者の人生の一端といえるでしょう。ですから、結果的に、本書は、茶杓から見た近代の数寄者伝ともいえる内容にもなっています。戦後、忘れられがちであった、明治から第二次世界大戦後までの、優れた業績を残してきた財界人・政治家・芸術家・文化人らの再評価の一冊にしたいとの思いも汲み取っていただきながら、読み進んでいただければ幸いです。
池田瓢阿
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