19/12/23   
   「近所の紅葉」   
  昨日の22日(日)は、二十四節気の「冬至(=冬の最中で寒さの厳しい時期)」でした。ですが、今年のここまでの陽気は、暖冬気味で寒さもさほど感じられず、老生にとってはありがたい日々が続いています。

  と言うことで、この“冬至”に関しての少々を。
  冬至とは、北半球において太陽の位置が一年で最も低くなり、日照時間が最も短くなる日です。冬至の日は、固定ではなく毎年変動し、毎年12月21日頃になります。ちなみに今年は22日でしたが、来年は21日です。閏年ですから一日早まるのです。とは言え、都会暮らしではその差を感じることは皆無です。
  ですが、冬至の日の日照時間は、太陽の位置が1年で最も高くなる夏至(同様に6月21日頃)と比べると、北海道の根室で約6時間半、東京で約4時間40分もの差があります。それ故、冬の一日はなんとなく慌ただしさを、夕方は特に感じます。
     そして、冬至は1年で最も日が短い日ですから、翌日から日が長くなっていくということなる故、冬至を太陽が生まれ変わる日と捉え、古くから世界各地で冬至の祝祭が盛大に行われていました。太陰太陽暦(いわゆる旧暦)では、冬至が暦を計算する上での起点となっています。
  また、中国や日本では、冬至は太陽の力が一番弱まる日であり、この日を境に再び力が甦ってくるとし、陰が極まり再び陽にかえる日という意の「一陽来復(いちようらいふく)」と言い、冬至を境に運が向いてくるとしています。
  つまり、諸々が上昇運に転じる日、としています。  
  そして、キリスト教のクリスマスは、太陽の復活を祝う古代ヨーロッパの祝祭とキリストの生誕が結びついたもので、その年の冬至が12月25日だったため、諸説あったキリストの降臨日が12月25日になったといわれています。

  自らは無宗教として日々暮らしていますが、奈良期から続く仏教の習慣が身に染みている我が民衆も、この時期にはクリスマスを寿ぎます。そして、その一週間後には、一切を憚ることもなく、新年の挨拶に近所の神社・仏閣に参拝をする。これも我が国のグローバリゼーション(世界的規模に広がること)の一つの現れでしょう。
  実のない話をグダグダと書いてしまいました。ご容赦を !!!!

  図録は、今季、数回ご覧いただいている“紅葉”です。
  鹿島の自宅近辺のものですが、ウラは、自宅の庭の片隅の楓(カエデ)です。毎年この風景は見ているのですが、今年はどういう訳か、目に留まりました。
 
 
令和元(2019)年12月16日(月):撮影