19/09/09   
   「スイートアリッサム」   
   コンパクトな、と称された台風15号が伊豆半島から湘南の海沿い、そして、東京湾を横断し千葉市に上陸して茨城の水戸近辺を目指して北上中です(09/09 8:30現在)。首都圏に台風が上陸、通過するのは3年振りとのことでした。朝から、その被害状況をメディアは伝えていますが、老生の自宅前の都道で、道路に直面すべき信号機が風にあおられ、45度傾く被害が出ています。警察官が交通信号の代替をしていまたが、8:45ころ整備の作業者が来て修理し、復旧しました。
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  そんな台風の騒ぎですが、昨日の8日(日曜日)は、二十四節気の「白露;陰気ようやく重なり露降って白し)」でした。確かに朝夕は秋近しの感じもしますが、週末の日中の暑さは、大暑の頃と変わりませんでした。そして、今日は猛暑日だとのことです。まだまだ暑さは続きそうです。

     ところで、隣国との関係は、徴用工の補償に関する問題に端を発し、経済問題から安全保障に関する問題に広がっています。我がメディアは、国内の重要事項をそっちのけにして、この問題を取り上げ、視聴率とやらの獲得にしのぎを削っています。   そんなメディアを見ている老生ですが、我が同胞は、切り替えの早い民族でもあります。近代の歴史を見ても「明治維新」と「終戦」という転換期は、それ以前の歴史をあっさりと否定して、新時代への対応を同胞一団となって進めました。例えば、開闢以来使用し、国民に染みついていた旧暦と称する太陰暦を廃止し、現在の暦;新暦に変更したのは、維新から5年目の明治5(1872)年でした。何ともアッサリシタものです。
  一方、相手方は、豊臣秀吉は未だに極悪人ですし、江戸期の“朝鮮通信使”の中華文明の伝道者が東夷(とおい)を感化した優越的立場の感覚を引きずっているのです。我が同胞にはない“執着心(?)”が大きい人々なのです。我が同胞とな異なるようです。

  日韓基本条約は、1965年6月に調印されました。当時の我が国は東京オリンピック(開催は1964年)の翌年ですらから、「それ行けドンドン」の高度成長期でした。相手方は朝鮮戦争後の影響から復興へと踏み出す時代でした。とすると、相手方は、これは対等な立場で結んだものではなく不平等条約だと、捉えているのかも知れません。であれば、改定を申し込む、あるいは破棄して、国交を断つ、と言ったことがない限り、現状の解決はないと、愚考します。

  図録は、利根川沿いにある「利根川東公園」花壇でのものです。ネットで調べてこの花のお名前に行き着きましたが、確証はありません。ネットの情報によれば、“白い花が主体で、園芸品種には赤や紫、ピンク、オレンジ色などの花色もあります。”と、あったので、その名を信じていますが。
 
令和元(2019)年9月1日(日):撮影