19/07/01   
   「紫陽花」   
    梅雨入りが遅くなっていた西日本の各地(九州北部や中四国)が、先週の半ば(6/27)梅雨入りした模様と伝えられました。統計上最遅の梅雨入りだったそうです。そして、その途端に“大雨に警戒”、でした。でも大きな災難にならなかったようで、何よりのことです。
  東京でも梅雨の筈ですが、先週初めは快晴の日もあり、“梅雨の最中だけど、毎日ジメジメしてヤ〜ね”のセリフを口にすることはありません。と思っていたら、週末は梅雨模様の陽気でした。そして、九州の熊本、鹿児島には近年頻出する“線状降水帯”が襲って大雨を降らせている様です。これも温暖化の故とか。降らないのも困りますが、降りすぎも困る。自然相手のことですから、ヒトは何の対応もできないのが辛いところですネ。

  図録は、この季節の定番です。この花には、曇り空や小ぬか雨が相応しいのですが、これを撮った日は快晴の夕刻で花々は西日に戸惑っていました。(於;大島・小松川公園)
      この花についての蘊蓄が、岩波書店のPR誌『図書』(2019/06号)にありましたので、その一部を紹介させていただます。
  「〈略〉 /「あじさい」を漢字で書くと「紫陽花(しようか)」となることは、『広辞苑第七版』を引っ張り出すまでもなく、よく知られています。そして、これが、実は日本人の一種の誤解から生まれた書き表し方だということも、ご存じの方は多いかもしれません。/ 「紫陽花」とは、もともとは、8〜9世紀に活躍した中国の詩人・白楽天(白居易(ハクキョイ))の造語。あるお寺に咲いていた名前のわからない花を見て、「色紫にして気香(かんば)し」というところから「紫陽花」と名づけた、とその名も「紫陽花」という詩の序文に書き記しています。/ この「紫陽花」に対して、平安時代中期の貴族、源 順(みなもとのしたごう)がまとめた『倭名類聚抄(わみょうるいじゅしょう)』という辞書では、アジサイという訳を付けています。しかし、アジサイは紫色ですが香りはしないので、現在では、白楽天の「紫陽花」はアジサイではない、と考えられているのです。

/ ただ、ここでちょっと気になるのは、白楽天はどこから「紫陽」という表現を持ってきたのか、ということです。/ 調べてみると、「紫陽」は、古くから仙人の雅号に用いられるなど、この世を離れた仙界のイメージがあることば。白楽天は、この花について「頗る仙物に類す」とも記しています。「紫陽」とは、花の色や香りを表現しようとしただけではなく、仙界の植物にも似たその脱俗的な雰囲気までもが託されたことばなのでしょう。/ 白楽天の文学は、平安貴族にとっては必須の教養でした。辞書を編むほどの学識があった源順が、この詩を読んでいなかったとは思えません。仙界に咲く花のイメージを身近に探したときに、雨にけぶる幻想的なアジサイが立ち現れてきたのではないでしょうか。/ そう考えると、「紫陽花」をアジサイと訳したのは、誤訳ではなく名訳のようにか思われてくるのでした。」

  長々と引用させていただきましたが、紫陽花が日本人の一種の誤解から生まれた、なんて知りませんでした。
 
令和元(2019)年6月25日(火):撮影