19/04/29   
 「平成(元号)原本」
  今週は今上天皇が退位され、皇太子が即位第126代天皇として即位されます。天皇の生前譲位は、1817年の第119代「光格(こうかく)天皇」以来の202年振りのこととなります。

  文化十四年三月二十二日(1817/05/07)に、光格天皇の第六皇子・恵仁(あやひと)親王が譲位を受け、仁考(にんこう)天皇(第百二十代)として践祚されました。そして、仁考天皇の即位に伴う元号は「文政」となります。その前の元号は「文化」でしたから、後に「化政時代」と呼ばれる町民文化が発展した時期でした。


  歴史は今後「平成」をどのように評価するか分かりませんが、落ち目だったとされるに違いない流れを、「令和」は立て直してほしいものです。
     図録は、昭和64(1989)年1月7日、元号法の規定に基づいて元号を「平成」と定める政令が閣議決定されます。同日、総理大臣官邸の記者会見室で、小渕恵三官房長官(当時)が新元号が国民に発表されました。その際、掲げられた{平成」の書です。    また、ウラの図録は、元号「平成」は二つの漢籍(『史記』と『書経』)が典拠とされ、その一つである『史記』で、江戸時代初期の儒学者で徳川家康・秀忠・家光・家綱の将軍四代に仕えた林羅山(1583〜1657)の旧蔵本です。
  いずれも、国立公文書館に展示された原本で、今回の改元にあたり、特別に公開されたものを撮りました。
 
平成31(2019)年4月5日(金):撮影