16/09/26
彼岸花
   昨日の東京では日差しもあり、秋になったのだと感じる陽気でしたが、今月の大半は曇り空と雨の日々でした。秋の長雨と言いますが、雨降りも“チョット勘弁してよ”でした。
 そんな今年の秋の長雨にためでしょうか、豊洲の建物の下に水溜まりが出来たと言って、我がマスメディアはいつもの様に大はしゃぎしています。昔の東京のゼロメートル地域の下町では、雨が降ればあちらこちら水溜まりが出来たものでしたが、最近では排水設備が完備し、そんなものは滅多にお目にかかれません。それが豊洲に出現したのです。建物主は、地下は土で埋めている筈だと言っていましたが、いつの間にかそこは空間となっていました。ヒトが作った建物のはずですが、空間は自然にそうなってしまった様です。“日本って、不思議でいいなぁ”です。ある人々(?)の思いが、ある日、人知れずに忽然と実現するのですから。 
 図録はこの季節の花です。赤色の花が殆どですが、たまに白色もあるようです。
 ところで、今回は“もんじゅ”のお噂です。日本原子力研究開発機構の高速増殖炉「もんじゅ」の組織運営については、原子力規制委員会(以下、規制委)がその運営機構の変更を求めていましたが、適切なる組織を見つけることが出来ず、廃炉とすることになりそうだと報道されています。
 “もんじゅ”は、これまで1兆円超の事業費が投じられましたが、1995年にナトリウム漏洩事故を起こして以降ほとんど運転されていません。その後もトラブルが続きで、規制委が再運転準備を禁じる命令を出しています(13年5月)。そして、15年11月には同機構を所管する文部科学省に運営組織を代えるよう勧告していました。
 所管の文科省は、機構から“もんじゅ”の関連部門を切り離し、民間の電力会社などの協力を得て、新しい運営組織織を作ることを模索したのですが、原発再稼働が進まず、電力自由化で競争が激しくなる中、電力会社は協力に難色を示したとのことです。更に、“もんじゅ”の再稼働には、東京電力福島第一原子力発電所の事故を踏まえて策定された新規制基準に対応するため、大規模な改修工事が必要となります。そして、運転継続には新燃料が必要で、茨城県東海村にある機構の燃料製造施設も規制基準対応で改修しなければなりません。こうした追加の費用は数千億円に上るとみられる、とのことです。一方、“もんじゅ”を廃炉にした場合も、約30年の廃炉期間の維持費や原子炉などの解体、使用済み核燃料の取り出しに3000億円を超える費用が必要となる、
 とも伝えられています。つまり、進む(これまでの実績を勘案すれば、継続しても成功するとの保証はありません)にも退く(廃炉)にも大きな金額のお金(税金)が必要になることのようです。
 しかしです。全国紙Yには、本件の報道中に、次のようにありました(9/14付夕刊)。『政府はもんじゅの廃炉を検討しているが、もんじゅの技術に致命的な欠陥があったわけではない。あくまで、巨額の費用と、それに見合った効果が得られるのかを比較した政策上の判断だ。/ただ、国が進めてきた核燃料サイクル政策の要となるもんじゅが廃炉になれば、サイクル政策の土台が揺らぐ懸念が出てくる。そのため、政府は、高速増殖炉の実用化に向けた研究開発や、サイクル政策を堅持する姿勢をあわせて示す方針だ。』と言うのです。
 Y紙は原発推進派ですから、これは国の意向にも沿ったものでしょう。ですが、ここには“科学”と“技術”の区別の曖さがあります。技術には費用対効果の目安があるのです。もんじゅは建設認可を得て以降、約35年をもの時間を掛けながら、成果に結びついていません。要するに技術的には致命的な欠陥のある不良品なのです。それを政策上の判断”にすり替え、廃炉を弁護する姿勢は、如何なものか?です。また、“核燃料サイクル政策の堅持の姿勢を”示せとありますが、科学的には立証されている事実も、我が国の技術力では達成困難であることを“もんじゅ”は示している訳ですから、今後の進路は、この事実(情報、教訓)から学ぶべきでしょう。つまり、核燃料サイクルは、技術的には達成できないのです。

 総理は「戦後レジュームからの脱却」を口にしています。意味不明の使い方の用語ですが、これを過去の理念や実績を克服し、新たな課題の構築と解釈するならば、「しっかりと」原子力政策も再考を、と思うのですが、如何でしょうか。
平成27(2016)年9月21日(水):撮影