16/08/22
蓮の花
   暦の上で23日は“処暑(暑さが収まる頃という意味)”です。16日の夕方から台風7号が関東から太平洋岸側の列島を北上しましたが、その後に南方からの熱気が入ってきて、暑さが収まる気配はありませんでした。ですが、例年ですと甲子園の野球大会が終わる頃には秋風が吹き出します。今年は如何?です。
 図録は茨城の農家さんの蓮畑(池)で撮ったものです。ネットを見るとこの花の諸々を知ることができます。そこにはこれと似た花に“睡蓮”があるとありました。多くの方々がこれを混同してる様だとあり、老生もその区別は知りませんでしたので、引用させていただくと、「蓮;葉や花が水面から立ち上がるっている。睡蓮;葉も花も水面に浮かんだまま。ただし、熱帯睡蓮は、花が水面から立ち上がる。」あります。画家モネはパリ近郊の庭園の睡蓮の池を題材に絵を描いています。確かに描かれている花は、上記で言う通りです。そこまで意識していませんでした。

 ところで、今回のお噂は原発稼働についてです。これまで“節電要請”やら“廃炉費用”のお噂を申し上げた際、原発についての思いを申し上げていますが、今回もその一つです。
 8月12日に四国電力伊方原発3号機(愛媛県)が約5年3カ月ぶりに再稼働して、国内で稼働している原発は九州電力川内(せんだい)1、2号機(鹿児島県)と合わせて3基になった、と報道されました。ですが、この日に先立つ11日、原発推進派の全国紙Yは、その朝刊で原発稼働についての現状を「原発運転広がらず」と伝えていました。
 この記事によれば、「7月に就任した三反園鹿児島県知事は、九電に川内原発の停止を強く申し入れをしたい、と発言し、知事に原発を止める法的権限はないものの、正式な要請があれば、九電が何らかの対応を迫られるのは必至だ。」とあります。また、「/司法判断が原発運転に影響を与えるようになったことも電力会社にとって誤算だった。厳しい安全審査をパスして再稼働にこぎ着けても、裁判所の判断次第で停止に追い込まれる懸念がつきまとう。/川内に続いて今年1〜2月に再稼働した高浜3、4号機は、3月に大津地裁が運転差し止めの仮処分を決定、関電は停止を余儀なくされた。脱原発弁護団全国連絡会(東京)によると、こうした運転差し止めなどを求めた仮処分申請や訴訟は全国14原発で28件に上る。」とも書いています。 
  つまり、首長の判断(原発の安全に対する疑問)や脱原発派の運転差し止めの訴訟に対する司法判断によって、原発の稼働が決められているというのです。そして、ここには書いてはいませんが、「原発運転広がらず」の見出しは、経済的な要素の判断が欠落していることの隠喩があるように感じます。  政府は昨年、2030年度のエネルギー別の発電割合の目標について、原発に頼る割合を東日本大震災前の約30%から「20〜30%」に引き下げています。また、原発の新増設にも慎重な立場を示しています。ですが、原発を廃止、とはしていません。つまり、将来とも“原発ゼロ”は想定していないのです。とすれば、「原発運転広がらず」の見出しは、ある意味で2030年度以降のエネルギー別の発電割合に対する疑問を投げかけていることでもあります。また、我が国は、温室効果ガスの排出量を30年度までに13年度比で26%減らすと言ってますが、二酸化炭素の排出量が多い「火力発電頼み」が続けば、その実現は難しくなると予想されます。
 来年にはエネルギー基本計画の見直しをするとのことですが、原発設置の首長の考え方や裁判所の判断で、その稼働は決まるフラフラさ(?)加減に対する今後の原発政策を明らかにして欲しいと思います。
 蛇足ですが、原子力規制委員会の田中委員長は、「規制委が運転を認めた原発は、安全審査基準に適合した(合格)と認めるだけで、その原発が安全だとするものではない」、と言っています。何なのでしょうか。国の機関の責任者がこんな言い草を口にしているのに、政府、脱原発派、そして、マスメディアは何の反応もありません。これも何なのでしょうか。皆して無責任のわが民族なのですね。
 今日も杜甫甫です。
平成27(2016)年8月7日(日):撮影