16/05/02
東北の桜
   先週末に秋田の角館、青森の弘前城などの桜を見物に訪れてみました。今年の暖冬は東北にも及んでいて、花(染井吉野)は既に散って葉桜となっていました。ですが、800種あるとされる桜ですから、染井吉野以外の花の見どころは多くありました。メディアは染井吉野でなければ桜にあらず、というような言い方をしていると感じますが、“桜にあらず”の桜も捨てたものではないことを感じました。
 図録は青森・津軽鉄道の芦野公園駅近くの桜のトンネルです。そして、この公園内の桜は枝垂桜が多く、それらが満開でした。ウラは岩手の小岩井農場の一本桜です。

 ところで、今回は地震と活断層と原発のお噂です。北陸電力志賀(しか)原発1号機(石川県)の原子炉建屋直下を通る断層が、「活断層と解釈するのが合理的」とする有識者会合の評価書を受理した、と報道されました(4/27付)。
 原発の新規制基準では、約12万〜13万年前以降に動いた断層を活断層とし、その真上には重要施設を設置できないことになっているので、北陸電力が安全審査で結論を覆せなければ、1号機は廃炉に追い込まれることになる、とも伝えられました。
 今後、北陸電力がどの様なデータを示して、反論するかは判りません。しかし、「熊本地震」の発生で分かったことの一つは、現時点まで気付いていない、あるいは隠れている断層が、それも“活”なのか、それともそうでないのかの不明断層が多数あるということでした。ですから、北陸電力のデータが、どうあろうとも断層上の原発の稼働はありえない、とすべきでしょう。
  我が国には、チェノブイリ原発事故の事例を持ち出してその被害の悲惨さを云々する必要はなく、安全神話がバレた福一事故があるのです。この事実を認識しようとしない原発既得権益者に引きずられて、これ以上の被災者を生まないようにすべきです。 「熊本地震」の発生は、人類の知見の外側に大きな部分が残っていることを我々に教えてくれました。また、福一事故は、核エネルギーの発生から出る制御できない放射能の恐ろしさを我々に教えてくれたのです。この制御できない地震と原子力を同時に使いこなすことは、現代の人類にとっては無理なのだ、と既に証明されているのです。
 とすれば、地震が何処で、何時起こるかが分らない現在、原子力の利用(原発)は止めることが、我々にできることだ思うのです。自然は恐ろしい、と言いつつ流れに逆らえない我が同胞。 杜甫甫です。
平成27(2016)年4月30日(土):撮影