主題;ドイツの歴史

    グーテンベルグ活版印刷機を発明


 有史以来かルネッサンス以降かの定義を忘れたが、人類の3大発明とは
 ① 火薬
 ② 羅針盤
 ③ 活版印刷機
 と言われている。

今回は、グーテンベルグが発明した活版印刷機について述べてみたい。

   グーテンベルグは1397年(98年説もあり)マインツで生まれた。
 マインツは、マイン川がライン川に合流する地点で、現在はラインラント-プァルッ州の州都となっている。

 当時マインツはケルン、トリアーとともに大司教領であった。
 マインツ大司教は皇帝から貨幣(コイン)の鋳造権を与えられていてグーテンベルグは、父親が鋳造所に関連する職についていた関係で金細工の技術を修得していた。

 木版世界最古の印刷物は紀元770年法隆寺の「百万塔陀羅尼経」と言われている。ヨーロッパにおいては木板を彫って版にした印刷は発展せず手書きによる写本が主体であった。したがって書物は非常に高価で、貴族か僧侶(キリスト教会)だけが目にすることが出来た。

 支那では陶器で出来た活字や、朝鮮では金属(銅)の活字による印刷がグーテンベルグより早く行われたことは事実である。

 秀吉による朝鮮戦役では朝鮮にあった金属活字を日本に持ち帰り、後陽成天皇に献上されたと伝えられている。またこの活字は家康に渡ったとも言われている。一方、家康は慶長年間活字の製作を命じ、作られた活字は紀州徳川家から現在凸版印刷(株)が保有している。 

   せっかく作った金属活字が活用されず、江戸時代には木版による印刷が主流となったなぜか?
   ページ全体を個々の活字の組み合わせによって構成する際、問題となるのは活字の大きさと形状を揃えることにある。また書物を作るためには活字の種類と数を大量に用意しなければならない。

 グーテンベルグは型に鋳込む金属の配合に膨大な時間と資金を注ぎ込んだ。活字となる金属は鋳型への流動性と強度から鉛と錫・アンチモンの合金にすることにたどり着いた。またインキは活字へのインキのりが良いアマニ油を使った油性インキを開発する。

 印刷機の基本となったのはぶどうの搾り機と言われている。活字にインキを塗り、紙を乗せ上から強烈な圧力をくわえる加圧式印刷機(Druck Maschine/ printing press)が誕生した(1445年?)。

 グーテンベルグはこの印刷機によって大変美しい聖書(全ページ42行)を残している。300部程を印刷したらしい。
 また、ルターは宗教改革(1517年)に必要な書籍を数多くこの印刷機によって出版した。

 

 江戸時代金属活字が使用されなかった原因は油性インキが開発されず、インキのりが悪かったためではないかと思うのだが、会員諸兄の意見は如何であろうか。 

 

 マインツには1477年 ヨハネス・グーテンベルグ大学が創設され現在に至っている。
 マインツから船に乗ってローレライを通り、コブレンツ又はその先ケルンまでのライン川下りはドイツ観光名所のひとつとなっている。

 

参考図書、資料

世界の歴史と文化  ドイツ 新潮社